2007年05月13日

東北楽天ゴールデンイーグルス C

■東北楽天ゴールデンイーグルス C

・2007年シーズン

気候上の問題から、オープン戦はフルスタ宮城では3年連続で開催せず、
高松1試合と静岡2試合の3試合のみを開催。また公式戦のうち、フルスタ宮城で
4月3-5日開催の日本ハム戦を寒さに考慮、尚且つ春休みという事もあり、
平日開催ながらデーゲームで行う。

4月1日のオリックス戦(フルスタ宮城)で、3回裏にホセ・フェルナンデス、
山ア武司が共に吉井理人投手から満塁本塁打を記録。1イニング2本の満塁本塁打はプロ球界で3例目。

4月7日終了時点で、楽天は11試合を経過し、5勝6敗と1つの借金ながら単独3位であり、
公式戦開幕後まだパリーグ各球団10試合を経過したばかりの時点ではあるが、
公式戦でAクラスに順位が入ったのは球団創設以来初めての事である。

これはBクラスのチームも借金1か2でひしめき合っているが、引き分けの多い
(4位の日本ハムが4勝5敗3分、同率4位ロッテ4勝5敗2分と引き分けが多い。6位はオリックス5勝7敗)
チームがあり、僅差の勝率でこのような結果となる。

鉄平が3月24日の公式戦開幕の西武戦(西武ドーム)より4月7日のロッテ戦(千葉マリンスタジアム)の間、
開幕11試合連続ヒットを記録。

4月17日〜4月19日の対ソフトバンク3連戦(フルスタ宮城)で、永井怜(第一戦)、
田中将大(第二戦)、牧野塁及び朝井秀樹(第三戦)の好投により三連勝、
球団初のフルスタ宮城での同一カード3連勝を記録した。
共にドラフト1位であるルーキー永井怜と田中将大のプロ初勝利でもあった。



東北楽天ゴールデンイーグルス B

■東北楽天ゴールデンイーグルス B

・2006年シーズン

前任の田尾安志に代わり、野村克也を監督として招聘。弱者の戦略として
「無形の力を養おう!」をスローガンに掲げ、チーム力の育成を図った
(無形の力とは、目に見える技術を有形の力とし、それに対して目に見えない力、すなわち判断力や観察力等の頭脳面を指す)。

2006年は補強を進め、西武ライオンズからホセ・フェルナンデス、
2003年に千葉ロッテマリーンズで活躍したリック・ショートなどを獲得。

オープン戦で初めての主催試合を開催することが決定したが、フルスタ宮城での
開催は2005年同様に改修工事実施のため組まれず、倉敷マスカットスタジアム
・香川県営野球場・静岡県草薙総合運動場硬式野球場(静岡のみ2試合)の3球場・4試合で行われた。

前年9勝を挙げた岩隈久志、また前年横浜ベイスターズで7勝の
セドリック・バワーズが開幕1軍から外れたため、北海道日本ハムファイターズとの
開幕2連戦では前年2勝の一場靖弘と新外国人のインチェが先発するという
苦しい投手事情もあり、開幕から5連敗を喫する。

5月25日、神宮球場で行われた東京ヤクルトスワローズ戦で
リック・ガトームソンから交流戦初のノーヒットノーランを喫する。

6月16日からの巨人との3連戦で史上初の4カード連続勝ち越し。
交流戦も最終的には12球団中7位(日本ハムと同率)で終わった。
6月の交流戦に限れば、11勝7敗とリーグトップの成績を残した(セ・リーグ球団を含めても、中日に次いで2位である)。

6月28日の西武戦(福島)に4-1で勝ち、通算2度目の月間勝ち越し。
サンヨーオールスターゲームはファン投票で選出された選手はおらず、
監督推薦でホセ・フェルナンデスと福盛和男の2人が選出された。

8月20日の対オリックス・バファローズ戦でリーグ戦初の同一カード3連勝を果たす。

8月26日・27日、ファームの試合が青森県営野球場で開催、東北地方6県すべてで公式戦の開催を実現。

9月25日に行われたドラフト会議(高校生の部)で夏の甲子園大会準優勝・駒大苫小牧の田中将大投手を1巡目指名。

10月1日、全日程終了。2年連続最下位に終わったものの、前年より9勝多い47勝(85敗4分)
を挙げ、5位(オリックス・バファローズ)とは4.5ゲーム差。
リック・ショート、鉄平、ホセ・フェルナンデス、高須洋介と12球団最多となる3割打者4人を輩出した。

11月3〜8日、日米野球の日本代表監督に野村監督が指揮をとる(全5戦共)。
楽天からは高須洋介、鉄平、福盛和男、小倉恒が登場。

11月14日、ホセ・フェルナンデス選手がベストナイン受賞。球団初のタイトル獲得選手となる。

12月28日、同球団のジュニアチームがNPB12球団ジュニアトーナメント(26日開催)にて読売ジュニアを下し優勝した。



東北楽天ゴールデンイーグルス A

■東北楽天ゴールデンイーグルス A


・2005年シーズン

開幕戦は千葉ロッテマリーンズとの対戦(千葉マリンスタジアム)。先発・岩隈久志の好投により3-1で初勝利。新規参入球団が既存球団を相手に初戦で勝利を収めたのは、
楽天が初めてであった。

第2戦は0-26の記録的大敗。
この記録は1946年7月15日に、ゴールドスターがグレートリング戦で0-26の完封負けを喫した試合と並んで、
1試合最多失点完封負けのタイ記録。またこの試合では渡辺俊介に1安打1四球と抑え込まれ、
且つそのランナーをともに併殺で潰したため、27人で攻撃を終了した。

4月15日の日本ハム戦(東京ドーム)から11連敗。
このため4月30日を以てマーティ・キーナートGMをチームアドバイザーに(GMのポストは当面空席)、
また山下大輔ヘッドコーチと駒田徳広打撃コーチを2軍にそれぞれ降格にするなど、
コーチングスタッフを大幅に入れ替えた。

本拠地フルキャストスタジアム宮城での日本ハム戦の初戦は、7月2日となった。

理由は、4月5日・6日の日本ハム2連戦を地方(福島・いわき。そのうち福島では後述のようなアクシデントも発生した)で行い、
5〜6月にセ・パ交流戦が行われたため。

しかしSHINJO効果、さらに日本ハムには江尻慎太郎、金村曉、ダルビッシュ有と宮城県に
縁のある選手がいるなど様々な要因が重なり、初戦の観客動員数は開幕以来最高を記録し、
北海道・東北の最北同士の両チームは「北国ダービー」と呼ばれフルスタの人気カードになった。

7月は有銘兼久のチーム初完封勝利(31日・対西武ライオンズ戦)もあって
10勝9敗1分けと初の月間勝ち越しを記録した。

8月9日からは2度目の11連敗を喫した(シーズン2度の10連敗以上を記録したのは1989年の横浜大洋ホエールズ以来。パ・リーグでは3度を記録した1961年の近鉄バファローズ以来)

8月29日、日本ハム戦(宮城)に敗れたことによりシーズン最下位と
パ・リーグ全球団への負け越しが決定した。
8月中に最下位が決まったのは1952年、8月20日に決まった近鉄以来53年ぶり。

この時点での成績は33勝84敗1分、8月の月間成績は3勝21敗だった。

9月3日のオリックス・バファローズ戦で一場が完投でプロ初勝利。
これにより球団初年度のシーズン100敗を免れる。

9月25日のホーム最終戦終了後、田尾安志監督のシーズン終了を以っての解任が発表される。

9月28日、全日程終了。38勝97敗1分(勝率.281)で5位(北海道日本ハムファイターズ)と25ゲーム差、
レギュラーシーズン首位のソフトバンクからは51.5ゲーム差付けられる断トツの最下位に終わった。

2005年12月26日に宮城県から1,440万円の支援金の交付を受ける。


東北楽天ゴールデンイーグルス

■東北楽天ゴールデンイーグルス

東北楽天ゴールデンイーグルス(とうほくらくてんゴールデンイーグルス、
Tohoku Rakuten Golden Eagles)は、2005年からパシフィック・リーグに参入した日本のプロ野球球団。
通称は楽天イーグルス、東北楽天。球団運営会社は、株式会社楽天野球団。


■球団の歴史

・球団誕生

2004年9月に日本プロフェッショナル野球組織の加盟料撤廃(代って預かり保証金制度を実施)の
決定を受けてプロ野球チームの設立を提案。

9月24日に宮城県をフランチャイズ(地域保護権)とする新球団の加盟を申請した。
同年10月22日に新球団のチーム名を東北楽天ゴールデンイーグルス(通称:楽天イーグルス)とすることと、
初代監督に田尾安志が就任することを発表した。

このときライブドアベースボール(呼称:仙台ライブドアフェニックス)も加盟申請を行っていたが、
同年11月2日のプロ野球オーナー会議で楽天のみの参入が正式に承認された
(プロ野球の新規参入球団は1954年の高橋ユニオンズ以来50年ぶり)。


結成時の選手構成はオリックス・ブルーウェーブ及び大阪近鉄バファローズに属していた選手を中心とし、
参入して初めてのドラフトでは、明治大学の一場靖弘を自由獲得枠で獲得。

他、即戦力選手を6名獲得した。しかし東北にゆかりのある選手は5巡目指名の塩川達也(東北福祉大学)だけであった。

宮城球場、並びに二軍チームの命名権を公募。その結果球場の命名権を人材派遣会社のフルキャストが取得し、
フルキャストスタジアム宮城と命名された。

また、一軍練習場としてフルスタと同じ宮城野区にあるJT硬式野球部(2004年休部)の
施設(JT球場など)を活用することを検討していたが、交渉がまとまらず断念した。

2軍本拠地は当初、1軍と同じ仙台市で申請されていたが、施設探しに難航した結果、
誘致に積極的だった秋田県秋田市ではなく、山形県東村山郡中山町に置かれることになった。

練習場は天童市にある山形県総合運動公園の野球場を改築対応し、合宿所や室内練習場も整備する計画だったが、選手の大半が宮城県在住
(自宅購入、マンション賃貸、ホテル住まい)で、また選手の1・2軍入れ替えも
頻繁であるから必要性に疑問があるとしてそれらの計画を白紙に戻した(但し2軍本拠地の変更はしない)。

フルキャストスタジアム宮城から山形県野球場までは、全線一般道利用で70km程、
高速道路経由では83km程(東北自動車道・仙台宮城IC〜山形道・寒河江IC:71km、2050円)。ETC の通勤割引で半額に出来る。

フルキャストスタジアム宮城から山形県総合運動公園までは、全線一般道利用で60km程、高速道路経由では75km程(東北道・仙台宮城IC〜山形道・山形北IC:60km、1750円)。
ETCの通勤割引で半額に出来る。

また2006年、泉区に練習グラウンド・室内練習所・合宿所が完成。
グラウンドサイズはフルスタ宮城と同じ両翼101.5m、中堅122mの全面人工芝で、
地元・宮城県を基盤とした家電販売のデンコードーと命名権契約を結び
「デンコードースタジアム泉」となった。

当球場ではイースタン・リーグの試合は行わず、主として教育リーグや練習などが中心となる予定。

チーム名が「東北楽天」でありながら、球団発足の2004年当時に東北地方で人気が高く、
ファンの入団希望も多かったダルビッシュ有(東北高→北海道日本ハムファイターズ)や
佐藤剛士(秋田商業高→広島東洋カープ)といった東北地方の高校出身選手の
獲得に動かなかった事から「東北新球団への期待を裏切られた」との声もある。

しかし、興行的にはダルビッシュなどは喉から手が出るほど欲しかったが、
獲得資金の問題や新規参入球団ゆえ練習場や2軍施設に難があり、球団創設当初の楽天では
高校を卒業したばかりの選手をきちんと育て上げられない事情があったことから、
即戦力新人重視の補強、大学・社会人出身選手、または他球団からの移籍選手がチーム編成の中心になった。

新規参入決定直後の秋期キャンプは白地に楽天のロゴが入ったジャージを着て
藤井寺球場で行われた。その際、「近鉄の後継球団として大阪のファンも大切する」との理由で
宮城県よりも先に選手のサイン会が開催された。

2005年度のオープン戦は宮城球場の全面改装工事の実施の関係からホームゲーム(主催試合)は行わず、
全試合(17試合)ビジターゲームで開催された。
ちなみに、この年は広島東洋カープとだけは対戦が無かった。

2006年からは「楽天イーグルスTV」(公式サイト)でホームゲームを
中心に試合を無料で生中継している(シーズン当初は楽天会員登録しなくても良かったが、現在は登録が必要)。

2007年05月10日

宮城県の観光 蔵王 A

■宮城県の観光 蔵王 A


蔵王の観光

冬季は、巨大なスキー場群と温泉がセットになっている山形蔵王が人気であるが、
仙台との交通の便が良くなったため、宿泊客より日帰り客の比重が高くなり、客単価が下がっている。

日帰りでは仙台からは宮城蔵王の方が近いため、
ナイタースキーでは宮城蔵王の方が競争力がある。
また、宮城県側では、山形に比べて1つ1つのスキー場が小さいため、
スノーボードに特化した経営やファミリー層向けのそり用ゲレンデを
設定するなど焦点を絞った小回りの利く経営がなされている一方、
山形蔵王はその巨大さがかえって焦点を絞りにくくし、
商品力の弱さを露呈する形になっている。

また、暖冬の年には、暖冬であっても確実に充分な積雪がある岩手県の
夏油高原スキー場や安比高原スキー場などに仙台のスキー客が流れ、
山形蔵王の経営は楽ではない。

しかし、「樹氷原コース」や「横倉の壁」を初めとした多様なコースと
温泉・郷土料理などは、海外、特にスキー熱が高まりつつある韓国では受け入れられ、
毎年韓国人スキーヤーが増加している。

そのため、ソウル・仁川国際空港便が毎日往復している仙台空港と
山形蔵王との間に直行スキーバスを運行し、
韓国での営業に力を入れている。

今後は、従来からの地元・仙台・首都圏に加え、仙台空港の定期路線がある韓国および台湾、
そして、北海道で集客が見られるオーストラリアやタイ王国もターゲットに入れた営業が進められる。

夏季はトレッキングが盛んで、山頂の火口湖である御釜(五色沼)や地蔵岳を巡るコースや、
ドッコ沼、いろは沼などを巡る、高山植物を見る事ができる散策コースなど、
散策路が充実している。

冬期には、世界的にも珍しい樹氷ができ、ライトアップされた樹氷を見る事ができる。
これらの様々な火山地形、植生は、蔵王国定公園に指定され、保護されている。

スキーゲレンデが密集する巨大なスノーリゾートとなっており、
一般的にスキーや樹氷見物で有名な「蔵王」とは
山形側の蔵王温泉スキー場のことである。

国際的なスキー(ジャンプ)大会が開かれる。

蔵王樹氷祭りなど、スキーゲレンデを利用したイベントが行われる。

冬季、宮城蔵王側においては、雪上車による観光ツアーを行っており、
こちらでも樹氷見物が一般客でも見学できる。

温泉地としての側面もあり、古くは高湯と呼ばれた山形の蔵王温泉は、
強酸性の泉質が特徴である。
伝説によると、東征した日本武尊に従った吉備多賀由によって発見され、
多賀由温泉から転じて高湯と呼ばれるようになった。

宮城県側には、青根温泉・遠刈田温泉等がある。


蔵王の交通

ロープウェイは、蔵王の山麓から、山頂までを結ぶものである。
蔵王温泉までの交通は、バス、自動車などを利用することになる。
この他に、スキーゲレンデには多数のリフトが設置されている。

索道
蔵王スカイケーブル
上の台駅、中央高原駅
蔵王中央ロープウェイ
温泉駅、鳥兜駅
蔵王ロープウェイ
山麓線:蔵王山麓駅、樹氷高原駅
山頂線:樹氷高原駅、蔵王地蔵山頂駅
えぼし高原ゴンドラリフト
山麓駅、山頂駅


蔵王の関連市町村
山形県
山形市
上山市
宮城県
川崎町
蔵王町
七ヶ宿町


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宮城県の観光 蔵王

■宮城県の観光 蔵王

■蔵王連峰

蔵王連峰ざおうれんぽう)は、奥羽山脈の一部を構成する連峰で、
山形県と宮城県の両県南部の県境に位置する。

『日本百名山』においては蔵王山と紹介されている。
単に蔵王と呼ぶ場合は、北を山形自動車道、東を東北自動車道、
南を国道113号、西を国道13号で囲まれた地域にある峰々や高原などの総称である。

活火山であり、新噴気口や火口湖の御釜が見られる(いずれも宮城県側)。
火山の恩恵である温泉が両県の裾野に数多く存在し、スキー場も多く設置されている。
両県における主要観光地の1つ。


蔵王の主な山

日本海側と太平洋側とに分け、且つ、山形・宮城両県の県境を形成する
「中央分水界」(分水嶺)が北東から南西にかけて斜めに走る一方、
一般に「蔵王連峰」と認識される峰々は、これに交差するように
北西から南東に斜めに走る(以下、これを「蔵王連峰」とする)。
両者が交わるのは、熊野岳(主峰)から刈田岳の辺り。

このように蔵王連峰は、中央分水界(県境)をまたいで
山形・宮城両県に張り出した形になっているため、
各々の県内部分を「山形蔵王」「宮城蔵王」と呼ぶことがある。

中央分水界の峰々と蔵王連峰の峰々の両者の総称として「蔵王」と呼ばれるが、
蔵王連峰」の名称で一括されることも多々ある。
以下、総称は「蔵王」とする。


蔵王の中央分水界

中央分水界上で「蔵王」の一部とされる場合があるのは、
北の笹谷峠から南の二井宿峠(または金山峠)までの峰々。
北東から記載。★は「蔵王連峰」と共通部分の峰々。

北端:笹谷峠(山形自動車道・国道286号)
雁戸山(1,485m)
熊野岳(1,841m)★
馬の背★
刈田岳(1,758m)★
冷水山(1,340m)
船引山(1,173m)
二ツ森山(1,269m)
番城山(1,323m)
蓬沢山(975m)
南端:二井宿峠(国道113号)


・蔵王連峰

蔵王連峰上の峰々を北西から記載。★は「中央分水界」と共通部分の峰々。
共通部分、特に馬の背より北西側が「山形蔵王」、南東側が「宮城蔵王」と呼ばれる。

西端:国道13号
瀧山(1,364m)
鳥兜山
横倉山
三宝荒神山(1,703m)
地蔵山(1,736m)
熊野岳(1,841m)★
馬の背★
五色岳(1,674m)
刈田岳(1,758m)★
杉ヶ峰(1,745m)
後烏帽子岳(1,681m)
屏風岳(1,817m)
不忘山(1,705m)
大梁川山(720m)
花房山(819m)
青麻山(779m)
東端:東北自動車道


蔵王の歴史

蔵王連峰の名前は、蔵王権現を祀ったことに由来する。

戦後、宮城県側の蔵王高原には、引揚者が入植し、
山を切り開いて酪農地帯に変えた。

近年は牛乳の消費量低下と価格の底割れで一次産品中心の経営が不安定化しているため、
蔵王ブランドの乳製品や肉製品などの二次産品開発が進められている。

さらに、それらの二次産品を用いたレストランも増えている。
また、牧場を観光牧場化して野外コンサートを誘致したり、キャンプサイト化したりもしている。
その他、公衆温泉の改築、蕎麦の特産化など、日帰り客向けの観光開発が進められている。


蔵王の観光

早春の御釜(宮城県
樹氷
蔵王温泉スキー場。
南東北(仙台経済圏)の山岳観光地としては、近接する福島県の裏磐梯と
観光コンテンツがやや似通っており、場合によっては競合関係にある。

裏磐梯が東京資本などの域外からの投資が多いため、首都圏からの集客にも力を入れているのに対し、
山形蔵王は地元資本が中心であるため、首都圏での営業力がやや弱い。

南東北主要都市圏の内、仙台都市圏は夏季にあまり暑くならないため避暑の需要は少ないが、
他の山形都市圏・福島都市圏・郡山都市圏などはフェーン現象で高温となるため、
避暑需要がある。避暑地としては、バブル景気期に高級化したホテルやペンションが多く、

また、湖や温泉がある裏磐梯の人気が強く、宿泊もする者も多いため客単価が高い。

一方、宮城蔵王は仙台から近いため、日帰り客を中心としており、夏季の客単価増が課題となっている。

秋季は、宮城県側では鳴子峡が最も有名な紅葉スポットであるため、
蔵王では、新蕎麦などの秋の味覚との組合せで集客を図っている。



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宮城県の観光地 松島 A

■宮城県の観光地 松島 A

松島の観光

観光地としての拠点は、南から「塩竈」「松島」「奥松島」の3ヶ所に分かれている。

松島」は、宮城県宮城郡松島町のJR松島海岸駅周囲、
および、松島湾(狭義)のことで、伊達政宗が再興した瑞巌寺(国宝)や
五大堂などの寺院、豊臣秀吉の伏見桃山城にあった茶室を
伊達家が移設した観瀾亭(月見御殿)などの歴史的建造物、
および湾内観光船の発着港がある。

また、土産屋・飲食店・観光旅館・ホテル・松島水族館などが立ち並ぶ松島観光の中心地である。

「塩竈」(しおがま)は、塩竈市のJR本塩釜駅周囲、および塩竈湾のことで、
鹽竈神社および湾内観光船の発着港があり、寿司屋の集中地区である。

なお、鹽竈・塩竈・塩釜はすべて「しおがま」と読む。

「奥松島」は、仙台側から見て、「松島」のさらに先にあることからそう呼ばれる。
松島湾の北東部一帯を指し、日本三大渓の嵯峨渓への観光船発着港の他、
近年では松島を眺める高級旅館が立地し始めた。

「奥松島」の範囲は松島湾の外側にも広がっており、
石巻湾側の野蒜海岸も含まれる。
なお、竹浜という鳴き砂の浜辺もあるが、保全のため立ち入り制限されている。

その他、湾内の有人島にも渡ることが出来、数々のレジャーが楽しめる。


松島の展望台

周囲の松島丘陵や島の高台には、「松島四大観」(まつしましだいかん)と呼ばれる
修景ポイントが散在している。

江戸時代に舟山万年により命名された。松島四大観に限らず、
高度経済成長以降の観光ブームの時にアクセス道路・駐車場・展望台等が
整備されてやや荒廃が進んだところもある。
その反省から、近年は松島の風景を守る方が優先され、眺めを優先して木々を切らなくなり、
観光客にはやや不満な場所もある。

松島四大観

「壮観」:「奥松島」にある宮戸島の小山の大高森 からみる景色(東松島市)。
車でのアクセス可。
松島湾の東端から西方向を眺める形となり、奥松島の島々の他、
遠く船形連峰(奥羽山脈)が一望出来る。

夕刻に真っ赤に染まった松島の風景写真として度々用いられる。

「麗観」:「松島」と「奥松島」の間にある富山 山頂の大仰寺よりみる景色(松島町)。
南方向に松島湾や奥松島を眺める。

「幽観」:「塩竈」と「松島」の間にある扇谷 からみる景色(松島町と利府町の境界部)。
東南方向に塩竈湾を眺める。

「偉観」:「塩竈」の東にある代ヶ崎の多聞山 からみる景色(七ヶ浜町)。
北方向に塩竈湾、さらに奥の松島湾・奥松島を眺める。


松島の他の展望台など

「西行戻しの松」

「双観山」:塩竈と松島海岸一帯が望める。

町道「松島パノラマライン」

各ホテルの展望室

なお、松島タワーは現在解体されて存在しない。


松島のレジャー

松島湾は閉鎖性海域であるため、静かな波に合ったレジャーが発達している。

松島」にはヨットハーバーがあり、宮城県内の
高校・大学のヨット部や一般客が利用している。
また、近年はシーカヤックをする者も現れている。

湾内各所で釣り客も見られる。

家族向けのレジャーとしては、潮干狩りや海水浴が主なものである。
奥松島の野蒜海岸は波の静かな海水浴場で、JR野蒜駅から徒歩すぐにあり、
水上バイクやウインドサーフィンも盛んである。


松島の海水浴場

奥松島

野蒜海水浴場(石巻湾側)

室浜海水浴場(陸繋島の宮戸島にある)

大浜海水浴場(陸繋島の宮戸島にある)

月浜海水浴場(陸繋島の宮戸島にある)

蛤浜海水浴場(陸繋島の宮戸島にある)

塩竈湾

寒風沢海水浴場(離島)

野々島海水浴場(離島)

桂島海水浴場(離島)

仙台湾

菖蒲田海水浴場(高山外国人避暑地に隣接)(七ヶ浜町)


松島の集客コンテンツ・グルメ

塩竈・松島奥松島

鹽竈神社初詣(宮城県内最大の人出)

塩釜みなと祭

松島灯篭流し・花火大会

冬季の牡蠣鍋クルーズ

牡蠣

アナゴ(松島周辺では「ハモ」と言う)

ホタテガイ

ハゼ

松島こうれん

笹かまぼこ

その他、周辺
ブルーインパルス(航空自衛隊・松島基地)

日本酒(浦霞・一ノ蔵)

松島丘陵のゴルフ場や乗馬クラブなど


・指定など

日本三景
国の文化財(特別名勝)(1952年(昭和27年)11月22日)
国際観光モデル地区(1987年)
日本の白砂青松100選
宮城県立自然公園松島


松島湾に面している自治体

宮城県の旧郡2つに渡ってある。

桃生郡地域(北東部→奥松島と呼ばれる)

松島

宮城郡地域(中部・南部)
松島
利府町
塩竈市
七ヶ浜町


松島へのアクセス

観光の中心である五大堂、瑞巌寺、観光船乗り場が集中する地区へのアクセス

鉄道: JR仙石線・松島海岸駅下車。
仙台駅〜松島海岸駅:22.7km、快速25分または34分、各駅39分、400円
一般道: 国道45号沿い(勾当台公園の国道45号始点から27km、55分)

仙台市内からは利府街道経由の方が短時間で着けるが、「松島」に着くまで景色はよくない。国道45号経由では、途中「塩竈」の風景を見ながら「松島」に着くことが出来るが時間はかかる。
高速道路: 三陸自動車道・松島海岸ICより約3km



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宮城県の観光地 松島

■宮城県の観光

■宮城県の日本三景 松島

・日本三景松島
松島まつしま)とは、
宮城県松島湾内外にある大小260余りの諸島のこと
(特定の一つの島を指しているわけではない)。

または、それら諸島と湾周囲を囲む松島丘陵も含めた修景地区のこと。

日本三景の1つに数えられている。松島湾内には、遊覧船が就航しており、
船上より島々を眺めることができる。


松島の地形・自然

松島は、仙台平野を南北に分ける松島丘陵の東端が海にまで達し、
それが沈水して出来た沈降地形である。
溺れ谷に海水が入り込み、山頂が島として残っている。
全体として松島湾(広義)を形成し、
湾内の水深は10m以浅である。

この地域の大部分の地層は第三紀層の凝灰岩、砂岩、礫岩などで出来ており、
波に洗われる部分はやや容易に侵食され、白から灰白色の岩肌を見せている。

特に小島では、松が生えている島の頂部よりも、海水面近くが波に洗われて
えぐれており、ややキノコに似た形になっているものもある。

また、侵食による奇岩や「嵯峨渓」のような海蝕崖も見られる。


このように侵食・風化作用を受け易い地層の上に松島は成り立っているため、
長い間に風景も少しずつ変化してきたと考えられ、
過去の松島と、現在のそれとは微妙な違いがあると考えられている。

五大堂が設置されている島も海水面近くが侵食されており、
将来が危ぶまれている。


松島

松島湾(広義)は、宮城県の太平洋沿岸部に
大きくある仙台湾(広義)を3つの支湾に分けた内の1つ、
仙台湾(狭義)・松島湾(広義)・石巻湾の真ん中にある。

他の2つは砂浜海岸が主であるのに対し、松島湾(広義)は磯を主としているが、
小規模な砂浜海岸も点在している。

松島湾(広義)は、北側の松島湾(狭義)と
南側の塩竈湾(千賀ノ浦)に分類される。

松島湾(狭義)は、暗礁が多くあるため、
外来者にとっては航行が困難な海域である。
そのため、江戸時代には伊達政宗によって暗に「軍港」と見なされ、
瑞巌寺を始めとした伊達家直轄施設が暗に軍事施設として
多く建設された。

松尾芭蕉が、松島を始めとして仙台藩の城・要害・関所などの主要軍事施設を回っていることから、
隠密説・スパイ説がある。

なお、現在それらの施設は観光資源となり、湾内も観光地となっている。

南側の塩竈湾は、古くは多賀城の外港として、江戸時代以降は
城下町・仙台の外港として機能し、戦後は仙台塩釜港の
塩釜港区として機能してきた。

現在は仙台港区に物流の中心が移動したため、塩釜港区は近海マグロを
主とする漁港として機能している。

なお、港に近接する山の上に鹽竈神社があるが、この神社は多賀城、奥州藤原氏、伊達氏など、
この地を治めた統治者によって保護されており、信仰と並んで軍事施設(山城)としての機能も有していた。


松島の生物

湾内の主な魚類はハゼ・アナゴ、貝類はカキ・アサリ。
石斛(せっこく): 野生ラン科植物で宮城県辺りが野生の北限といわれる。

松島周辺では「イワタケ」の別名がある。
花の開花時期は5月下旬から6月初旬で、ピンクの花が咲く。
絶滅危惧種だったが、瑞巌寺境内の老杉の枝に着生している原株から増やして、現在は鉢植えの土産になっている。

松島の貝塚

里浜貝塚 : 松島湾内最大の島・宮戸島にある貝塚で、
縄文時代前期(約6000年前)から弥生時代初めまでの約4000年間の遺跡。
地球的な温暖化による縄文海進のために、現在よりも海水面が高かったと考えられ、
貝塚は島の標高20-40mの高台に存在して海岸線から離れている。

大木囲貝塚 : 塩竈湾に面する七ヶ浜町にある貝塚。

松島の逸話

松尾芭蕉が『奥の細道』で松島を訪れた際に、あまりに絶景なので句が浮かばず、
松島やああ松島や松島や」と詠んだという逸話があるが、

この川柳は後世の狂歌師田原坊の作で、芭蕉の作ではないとされる。

ただし、その場で句が思い浮かばなかったのは事実らしく、
『奥の細道』には、同行した弟子の河合曾良の句
松島や 鶴に身をかれ ほととぎす」が掲載されている。

また別の説では、句は詠んだが景色に釣り合うよいものができなかったともいわれる。

アインシュタインが訪れた際に「どんな名工の技も、この美しさを残すことはできない」と同行者に言ったとされる。




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宮城県の有形文化財建造物

■宮城県の有形文化財建造物


■瑞巌寺

庫裡(国宝)
所在地 宮城県宮城郡松島町松島字町内91
位置 北緯38度22分19.84秒
東経141度3分34.55秒
山号 松島青龍山
宗派 臨済宗妙心寺派
本尊 聖観音菩薩
創建年 天長5年(828年)
開基 慈覚大師円仁
正式名 松島青龍山 瑞巌円福禅寺
別称
札所等
文化財 本堂・庫裡・御成玄関(国宝)
御成門・中門他(国重文)

瑞巌寺(2005.08)島青龍山 瑞巌寺 (せいりゅうざん ずいがんじ)は、
宮城県宮城郡松島町にある臨済宗妙心寺派の寺院。僧堂がある。正式名は松島青龍山 瑞巌円福禅寺。

毎年、年始に伊達氏及び伊達家家臣が集って歌会始をするのが慣わしとなっており有名である。


・起源と歴史
天長5年(828年) 円仁が天台宗寺院延福寺として創建、淳和天皇の勅願寺となる。
平安時代後期 奥州藤原氏が支援
鎌倉時代初期 北条政子の支援を受けて再興
鎌倉時代中期 衰退
正元元年(1259年) 法身が臨済宗円福寺として再興。
室町時代 衰退
慶長14年(1609年) 伊達政宗が復興。瑞巌寺に改名。


・文化財

国宝
本堂(元方丈)
庫裏及び廊下

重要文化財
御成門 附:太鼓塀2棟 
中門 附:太鼓塀2棟 
五大堂 附:厨子 
本堂障壁画 161面 附:障壁画22面、杉戸絵20面 
木造五大明王像 5躯 五大堂安置 
雲版 
奥州御島頼賢碑 徳治二年(1307年)一山一寧撰並びに書 



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宮城県のマスメディア

■宮城県のマスメディア

宮城県の新聞

石巻日日新聞
大崎タイムス
河北新報
三陸新報
城洋新聞
仙北郷土タイムス

※他に全国紙の支局あり。なお産経新聞は2006年夏頃まで県域版を連載していたが、紙面構成の見直しで県域版(他に青森県・秋田県・岩手県の「北東北版」と福島県・山形県の「南東北版」も)を廃止。東北6県版として掲載されている。


宮城県のテレビ局

地上波放送局
NHK仙台放送局
東北放送(TBC)(JNN系列)
仙台放送(OX)(FNN系列)
東日本放送(KHB)(ANN系列)
宮城テレビ放送(MMT)(NNN系列)


テレビ東京の周波数と仙台放送の周波数が同一(アナログ12ch)であるため、ケーブルテレビによる区域外再送信ができない。また、テレビ北海道向けのNTT中継回線も光ファイバー回線に切り替わり受信不可能であるため、2011年以降系列局の開局などが無い限り宮城県においてテレビ東京を視聴するのは不可能である。


宮城県のケーブルテレビ局
(→Category:宮城県のケーブルテレビ局)


宮城県のラジオ局

AMラジオ局
NHK仙台放送局
TBC東北放送 (JRN・NRN系列)
FMラジオ局
エフエム仙台 (Date fm)(77.1MHz JFN系列)
NHK仙台放送局 NHK-FM (82.5MHz)
コミュニティFMラジオ局
ラジオ3 (仙台市青葉区 76.2MHz J-WAVE系列)
FMいずみ (仙台市泉区 79.7MHz J-WAVE系列)
BAY WAVE (塩竈市 78.1MHz J-WAVE系列)
FMいわぬま (岩沼市 77.9MHz MusicBird系列)
ラジオ石巻 (石巻市 76.4MHz J-WAVE系列)


posted by xxx at 07:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 宮城県の文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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